一番おすすめの日本酒は何ですか?〈盃のあいだ 34〉

おすすめのお酒は即答できないけれども、その人が何を思い浮かべているかを考えて、それに偶然の出会いのスパイスをかけて選ぶと幸せになれる。

一番おすすめの日本酒は何ですか?〈盃のあいだ 34〉

日本酒イベントをつづけたり、文章動画を出したりしていると、いつしか「日本酒通」と認識されるようになった。そして、頻繁に「一番おすすめの日本酒はどれですか?」と尋ねられることが増えた。最初は即答できる銘柄がひとつあったけど、そのうち2個、3個と増えていき、ついには悩んだあげく銘柄を絞り込めなくなった。「うーん、一番は選べません。いいなと思うお酒が多すぎて。」と答えるようのが常になった。

そうして一番を選べなくなってしまっても、記憶に残る酒はある。どんな味わいかを覚えているだけでなく、味わいを含めたその酒全体の印象が心に残っているのだ。でもこういったお酒とはふたたび出会えない。「おすすめ」を訊かれたとき、その人が具体的なお酒を探しているのではなく、話題を振っているときは、このような体験を答えるようにしている。

具体的におすすめできるお酒が求められているときは、質問した人がどんなシチュエーションを考えているのかを聞き出してみる。晩酌で飲むのか、お祝いで飲むのか? 一緒に飲む人は誰か? どんな料理に合わせたいのか? 一番のお酒は選べないけど、シチュエーションが想像できれば、おすすめの酒が浮かんでくる。家で何も考えずにリラックスして晩酌したいとき、ちょっと凝った料理を作ったときに合わせてみたいとき、旅先で風土を感じたいとき、熟成酒が好きな仲間とギークな話をしながら飲みたいとき、それぞれの場面に私がおすすめしたい定番がある。

酒は社交の飲み物である。ひとりではなく誰かと一緒に飲みたい。そして、盃を交わすうちに、この人はこういう傾向の味わいが好きだなあ、ということが少しわかってくる。その人だったらこういう酒が好きだろうなあ、と想像しておすすめのお酒を選ぶ。想像の範囲内だけど、シチュエーションとその人の嗜好を考えておすすめの酒を選ぶのだ。

この流れは、旅行のおもてなしの設計に似ていると感じた。旅の醍醐味が偶然の出会い、セレンディピティーであるように、おすすめの酒を選ぶときも、その人にとって予想しないうれしい出会いがちょっとしたスパイスになるればいいなと思っている。たとえばそれは、はっとする味わいがある、思わぬペアリングの相性を発見する、酒の背景にあるストーリーににぐっとくるものがあるといったことだ。その人が何を思っているかを慮るおもてなしと、少しだけの偶然の出会いがある酒をおすすめできたらうれしいと思う。

日本酒レビュー・テイスティングノート - 日本酒コンシェルジュ通信
日本酒コンシェジュルによる日本酒テイスティングノート。
盃のあいだ - 日本酒コンシェルジュ通信
盃を交わすとき、ふたつの盃のあいだにある心。ひとりで盃を重ねながら、巡らせる思い。日本酒コンシェルジュUmioが綴るエッセイです。