不老泉の呑み切りと単純接触効果〈酔いの余白〉

不老泉の呑み切りと単純接触効果〈酔いの余白〉

夏の呑み切り

夏の酒蔵の一大行事「呑み切り[1]」に参加するために琵琶湖の西・高島新旭の「不老泉」で知られる上原酒造へ行って来ました。

不老泉・上原酒造と云えば「山廃造りと木槽天秤搾り」で我が道を行く個性蔵で、呑み切りは不老泉loversの間では人気です。今年も鮮烈59品目のラインナップの試飲です!

夏の盛りの7月下旬の土・日の二日間で、不便な場所にもかかわらず300名弱の問屋・酒販店・飲食店・一般消費者である自覚的[2]ファンが訪れる、オープン参加の夏の風物詩的な行事です。

そして、この中から秋には「冷やおろし」の酒として育って行くのでしょう…。

蔵では、蔵元がいつもの泰然自若の笑顔で、皆様のお出迎え。訪れた人々の熱いパワーをしっかりと受け取り、今年の酒造りに託してくれることでしょう!!

神々しい試飲と翁顔の杜氏

上原酒造へは3回目の訪問ですが、今回が初めての夏蔵…。

ひっそりと静まり乾いた空気の中、「自覚的不老泉ファン」の群れが、朝一番の気怠さの沈黙と、緊張と興奮と驚き(試飲酒の多さに)が醸し出す、とても神々しい雰囲気に、真剣度を増幅させる…。

知人とひっそり小声で評価をしながら進むと、何やら黙々と「和らぎ水」のグラスを洗う、思わぬ登場にビックリ!! なんとそこには横坂杜氏の姿が! その仕事、ボランティアにまかしておけばと思う私の心を見透かすように、自分達だけでご奉仕お迎えするのこの蔵の流儀、と知人の声。

初めてお会いするのだが、このコラムでも眼にしているので既視感(デジャブ)が…。思わず「今年も進化してますね!」と話し掛ける。

沈黙がくずれ、厳しい顔から…、破顔一笑 ☺

まさかの好々爺、翁顔の横坂杜氏! きっと、今年も満足の呑み切りだったのでしょう!!

「夏蔵や 呑み切りの杜氏 笑みこぼる」酔吉

杜氏三期目の酒造り

試飲を続けていると、1本だけ既に空瓶の酒が。

リストを見ると「試験酒」とあり、「ナルホド これかー!」と、すかさず杜氏に next bottle をお願いする。さすが不老泉ファン、レベルが高い! こちらも嬉しくなる。

ホームページの蔵元メッセージに、これからの不老泉の酒質を託す「試験酒」へのおも
いが述べられており、熱心で賢者なるファンは本気飲みして、早くも空瓶の体だったのでしょう。きっと杜氏も、手応えを感じ取っているのではないでしょうか…。

不老泉 試験酒

横坂杜氏が引き継いでから26BY~28BYと3年が経ち、蔵元メッセージにある「新たな不老泉が生まれ、味わいの深い味となり、しっかりした味に上品さが加わった」という進化の味を実感。

そして、たかね錦・蔵付き酵母・仕込水と山廃純米酒参年熟成赤ラベルとの相性の良さを、新旧両杜氏の酒を飲み納得する。

今迄の酒から、横坂杜氏の酒は、基本の味は変わらずに、口当たりの飲み口、いわゆるtexture/テクスチャーの良さを感じさせ、やさしさが加わり洗練された様に思われます。
不老泉を代表する、独特の熟成香の濃醇味酒あじざけを、テクスチャーが良いと云うのは相反しますが…。

横坂杜氏の職人としての信念「職人の真実は行動なり」の通り、今迄に培ってきた幾多の努力や研鑽や経験により身に着けた技が、生かされた証左の味なのでしょう。

リスペクトしながら味わう…。まさしく「酒は人なり」

一休みに母屋の店先へ、酒名「不老泉」の由来となった「お地蔵さんが出られた蔵内の自噴井戸」の甘露水を味わいに。

ほろ酔いに甘露甘露と舌が喜ぶ! 生き返る!!

老蔵元夫人より、療養中だった山根杜氏による最期の渾身の酒造りを偲ぶ話や、7月7日(祥月命日)の山根忌や…。問わず語りにお伺いする。

老夫人の涙に心情を推し量る。 拝

お薦めできないおいしいお酒

お店をしていた時「地酒リスト」の定番で「お薦めできないおいしいお酒」項に、飲み手を選ぶ個性な味として三銘柄をオンリストしていました。

  • 「不老泉 山廃純米酒 参年熟成赤ラベル」 山根流 山廃の中の山廃
  • 「神亀 純米酒 槽しぼり生酒」 米の旨味がジューシィな通人好み
  • 仙禽せんきん純米吟醸 七色とんぼ」 栃木の地酒 シングルモルト的に楽しむ

中でも、赤ラベルは私のお気に入りの酒で、個性的な味や濃醇な香味を求める通人にお薦めしていました。

ただ、個性的であるが故に普通のおいしさを求めるお客様に飲んでいただくには、その方の学習効果が必要になります。飲む順番や料理との相性、お客様の舌を知らないとお薦めできません。飲み手を選ぶ味がマニアックで人気の所以なのでしょう。

後は、ウィスキーのシングルモルトの様に、酒が勝手に営業してくれます。冷酒や冷や、燗でも、特に41度ぐらいの「ぬる燗」を、琵琶湖名産の鮒鮓[3]に合わせたら、共にマニアックなマッチングが好評でした。

そんな私も、実のところ最初は大変苦手なお酒でした <(_ _)>

が…、折に触れ飲み、学習効果で段々とこの酒の良さや魅力に気づいていきました…。

鮒鮓と単純接触効果

飲み手を選ぶ個性的な酒が学習効果でその個性に魅了されるようになることがあるように、個性的な酒に合うアテそのものも、学習効果で好きになることがあります。

個性的な不老泉参年熟成赤ラベルにあうアテは、何と言っても同じ高島の名産、鮒鮨でしょう。私自身、苦手だった鮒鮨が学習効果で好きになったという経験があります。

父親が鮒鮓好きで、晩酌で日本酒と共に味わっていたのを覚えています。我が家では、鮒鮓の二斗樽を買い込み、蓋の上に重し石を置いて漬け込み、不要な漬け込み汁が出るのでそれを採るのが私の仕事でした。半世紀前の風景です。

最初は、腐敗臭の様な強烈な臭いが、子供ですから嫌でしたが、毎日その臭いが生活の中に有るので自然と慣れていきました…。(素人の手入れで、発酵環境も良くないので雑菌も入り兎に角臭い)

度々接していると慣れてくるのでしょう。これも一種の学習効果でしょうが…。そのうち、親父と共に鮒鮓を食べている自分がいました。

苦手だったものが、何度も見たり聞いたりしているうちに好きに変わる現象は「単純接触効果」と云い、認知心理学では「ザイアンスの法則」と呼ばれているそうです。嫌なものも毎日接していると慣れてくると云う事でしょう。今なら、さしずめブームのタイ料理で強烈なパンチを放ってくるパクチーでしょうか?

当方、団塊世代のアルチュウハイマー的愛飲家ですので、珍味の鮒鮓・このわた・莫久来ばくらい・うるか・へしこ・河豚の卵巣のへしこ・くさやと大概は絶好の酒のアテ[4]ですが、これからは世界で飲まれる日本酒です。どんな世界のアテに出会えるか楽しみです。

そして、楽しみな「単純接触効果」です。

高島の鮒寿しの総本家喜多品老舗にて
「鮒寿しと 高島しぐれ 昔より」紫公

        

このコラムの著者、はんなり酔吉さんのインタビュー記事です


  1. 【呑み切り】貯蔵タンクの呑み口を開けて(呑みを切って)タンクの酒の熟成具合を見る夏の品質検査 ↩︎

  2. 【自覚的】自他ともに認める ↩︎

  3. 【鮒鮓】琵琶湖で獲れるニゴロブナをで漬け込んだ熟れ鮓で、鮨の原型と云われこの字を用いる。熟れ鮓のように発酵させたものは「鮓」、それ以外でも関西では「鮓」を使い、江戸前にぎりの関東では「鮨」の字を使うことが多い。「寿司」「寿し」は当て字で、どちらにも使われる。 ↩︎

  4. 【アテ】関西で酒のつまみ・肴のこと ↩︎