私のテイスティングノートの変遷「英勲 やどりぎ」の例
日本酒を飲みはじめてから6年。同じお酒のテイスティングノートが複数あったので、時系列に並べてみました。より文脈依存度が低い表現への変化が見られました。
日本酒を飲みはじめてから6年。同じお酒のテイスティングノートが複数あったので、時系列に並べてみました。
「英勲 やどりぎ」のテイスティングノート
振り返ったのは「英勲 やどりぎ」。京都・伏見の齊藤酒造が醸すお酒です。マルマン酒店のプライベートブランドで、JALの機内酒への採用実績もあります。原料米は京都オリジナルの酒米「祝」など。
2011年12月
はじめて飲んだのは2011年12月。日本酒を本格的に飲みはじめて数ヶ月の頃です。もちろんきき酒の勉強はしたことがありません。
たっぷりの甘みとどっしりとした旨味。か弱く繊細な酸味。びりびりときて控えめに広がる感じ。細雪が乙女のほおにふれて、さっと溶けてゆく感じです。
2012年3月
開栓してからちょっとたって、ガス感が薄れてきた頃でしょう。
やわらかくてしっかりとした甘み。横に広がる酸味。鼻腔に到達する優しい香り。舌先に乗せてやっとわかる微かな発泡感。
英勲 やどりぎ 純米吟醸 原酒 斗瓶採り(香り穏やかなタイプ)
2012年4月
日本酒イベントをはじめて2ヶ月ほど経った時。この頃までにはかなり多くの酒類の日本酒を飲んでいましたが、きき酒の勉強はしておらず、酒蔵や飲食店の方に口伝で教わるのみでした。
うっすらと濁っています。甘味を連想させるフルーティーな香り。口当たりはとろり。柔らかいけど太い酸味のあと、とろりとした喉越し。
英勲 やどりぎ 純米吟醸 原酒 斗瓶採り(香り穏やかなタイプ)
2017年3月
そして、2017年。ここまでに、セミナーやプライベートレッスンでかなり多くのきき酒、テイスティングの勉強や訓練をしてきました。
ぐい呑で10-15度の温度帯で楽しみました。
上立ち香はアプリコットのような甘く重みのあるフルーティーな香り。
アタックは強め。とろりとした口当たりに蜜のような甘味が舌キュン。口に含むと、メロン、杏、みかん、リンゴの蜜のような落ち着いたフルーツの香り。
酸味は爽やか。やや感じる渋味でよくキレます。余韻はフルーティーな香り。その後アルコール感がじわりと残ります。
英勲 やどりぎ 純米吟醸 原酒 生酒 斗瓶採り(香り高いタイプ)
英勲 やどりぎ 純米吟醸 原酒 生酒|日本酒テイスティングノート
テイスティングノートの変遷 包括的から分析的へ
ここに並べた同じ酒、「やどりぎ」のテイスティングノート(「香り高いタイプ」「香り穏やかなタイプ」と2種類が混在していますが)。
表現に注目すると、2012年までのものと2017年のものとで大きな違いが見えてきます。
2012年まではまだボキャブラリーは貧弱で、短く、口に入ってから余韻までの時系列で表現されています。ざっくり包括的で、少し詩的です。
2017年ではボキャブラリーが豊かで、色々な香りや味を取ることができています。微細で分析的です。また、香りのボキャブラリーが具体的です。
この間に起きたことは、きき酒の訓練、日本酒の香味に関する知識の増加、そしてたくさんの種類の日本酒を味わってきた場数です。
ハイ・コンテクストとロー・コンテクスト
2012年のテイスティングコメントをみると、同じタイプのお酒を飲んだことがある人には、「ああ、そうそう、その感じ」という共感をもたらすことができるでしょう。
一方、2017年バージョンは、そのお酒を全く飲んだことがない人でも、ワインや日本酒を知っていれば、香りや味わいを想像することができるものとなっています。
2012年まではハイ・コンテクスト、文脈依存、文化や共通体験に依存した表現で、2017年はロー・コンテクスト、より文脈依存度が低い表現だといえます。
で、どっちがいいの?
どちらのテイスティング表現がより優れているかというと、甲乙つけがたいのです。
2012年までのものは飲酒体験バックグラウンドの違う人には伝わりにくいながらも、どこか心を感じます。心の共感を得やすいかもしれません。
2017年のものは誰にでも分かる表現ですが、どこか心がこもっていない気がします。
私の観る限り、テイスティングノートには情報が必要であり、感情表現は不要、という考えがマジョリティーです。
しかし、味覚という主観を伝えるには、エモーショナルな部分は必須だと考えます。
きき酒を勉強して色々な香りや味が分かるようになったけど、なにか置いてきたものがあるのではないか。そう感じるようになってきたのです。
この議論は次の記事「感じろ! それから考えろ! 私の日本酒テイスティング論」に続きます。