酒母づくり〈伏見帖〉

日本酒は蒸した米と水、米麹、酵母を大きなタンクに入れて発酵させて造ります。だからといって一度にこれらの材料を全部入れてしまっては、発酵をうまくコントロールすることができません。

そこで、まず発酵のスターターを作ります。これを「酒母(しゅぼ)」といいます。酒のお母さんです。ここから発酵が始まり、酒が育つのです。

地道な作業から酒母造りは始まる

私は幸運にも、酒母造りのお手伝いをさせてもらえることができました。「汲掛け(くみかけ)」という工程です。

桶の中に材料が全て入った状態では、まだ米と水が分離しています。米全体に水を浸透させるために、桶の真ん中に側面に小さい穴の空いた筒を入れます。そこに染み出してきた水をひしゃくですくって周りの米にかけます。もちろん手作業です。機械を使うと米の粒がつぶれていまいます。そうすると酒に雑味が出やすくなります。これを防ぐために、惜しみなく手間を掛けるのです。

この汲掛けの作業を、10分から15分に1回のペースで繰り返します。桶の水が一巡するくらいまでひたすらひしゃくで水をすくい、米にかけます。これを朝10時から夕方5時まで繰り返しました。

腕は疲れてくるし、何よりも単調な作業で、永遠につづくのではないかと思えるほどでした。でも、少しづつ米が水を吸っていく様子がわかってくると、なんだか愛着がわいてきました。「育てている」という気持ちになりました。

酵母をきたえる

酒母をつくる桶に材料を入れたあとは混ぜたり温度を調整したりして、目標の品質を目指します。温度を上げたり下げたりるすることで、弱い酵母が死に、強い酵母が生き残ります。蔵人さんたちはこのことを、酵母を「いじめる」と言っています。

発酵が進むと香りが出てきます。香りを出すのは酵母の働きです。最初は硫黄の匂いが出ることがあります。そのあと「吟醸香(ぎんじょうか)」と呼ばれる青りんごのような香りが出ます。

最初から吟醸香が出ることもありますが、硫黄臭が出たほうが最終的には香りが高い酒ができます。鍛えられた酵母はいい仕事をするということですね。

酒造り唄

ここでの酒母の作り方は「速醸酛(そくじょうもと)」と呼ばれる方法ですが、「生酛(きもと)」と呼ばれる昔ながらの造り方もあります。そのなかでは「山おろし」といって蒸米と米麹、水を混ぜたものを櫂(かい)と呼ばれる棒を使ってすりつぶす作業があります。

こちらもとても単調で根気のいる作業です。昔は、酒造り唄と呼ばれる歌を歌って乗り切りました。みんなで歌うと作業の息も合うし、繰り返す回数でどのくらいの時間作業を続ければよいかの目安になりました。

ちなみに私は汲掛け作業中、酒母室に古いラジカセを見つけました。聞いてみると前に酒母造りを担当されていた方が、作業中に演歌を聞いていたそうです。

「演歌を聞いて育った酒」っていいなあと思いました。そういう名前のお酒が出たら絶対飲んでみたい!

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