なら泉勇斎で菩提酛の酒を飲み比べる 2019
〈日本酒レビュー〉「なら泉勇斎」で菩提酛の当年酒と熟成酒、あわせて5種類をテイスティングした。
菩提山正暦寺で造った酒母で醸す酒
日本酒の地域性を探るテイスティング・ワークショップ、「ローカル・サケ・キャノンボール」では、県ごとの飲み比べをしている。いつもと少し趣を変えて「菩提酛・水酛」をテーマにきめた。ということで、奈良市にある角打ちができる日本酒店「なら泉勇斎」で調査飲酒することになった(ワクワク)。
2019年1月の酛たて行事で造った酒母で醸した当年酒と熟成酒、あわせて5種類をテイスティングした。菩提酛発祥の地、菩提山正暦寺の境内で同じ水と乳酸菌、同じ地域で獲れた米「キヌヒカリ」を使って造られた酒母。どの酒も同じ酒母を使って醸された酒だけど、複雑な味わいの中に各蔵の個性が際立っていることを発見したのが大きな収穫だった。
生米を水に浸けてつくる乳酸発酵した独特の香りのある「そやし水」のまるくてやさしいチーズのような香りを酛たての行事で体験した。今回、酒の中にその香りを見つけようとして、見つけたり見つからなかったりした。でも、先入観なしに飲んだらどう感じただろうか? この香りは意識されることなく、でも全体の香味のバランスに影響していたのかもしれない。
当年酒を3種
「菊司」はとてもドライで、甘味はほとんど感じられなかったけども、苦味と酸味、ミネラル感、複雑な香りが重厚で、そやし水の香りが最も感じられた。対照的に「つげのひむろ」は柑橘とメロン、フローラルな香りが甘くてキラキラとした味わいで、かすかにそやし水の香りを感じた。「やたがらす」はジューシーさと同時にやわらかで可憐な印象。同じ酒母から造っただけど、それぞれの蔵の個性が伸びやかに表現されている。
熟成酒を2種
菩提酛の5年熟成と15年熟成をそれぞれ味わった。どちらもそやし水の香りを感じ取れなかった。時を重ねて消えてしまったのか、複雑で重厚な熟成香に隠されているのかはわからない。
「升平」(5年)は蒸留酒のような印象にドライフルーツの香り、「つげのひむろ」(15年)は甘露飴のキノコの香り。どちらも上品な熟成をしている。
香りが思い起こさせる情景
香りから記憶が呼び起こされることを示す「プルースト効果」という言葉がある。プルーストの『失われた時を求めて』に、主人公が紅茶とマドレーヌを食べるときに香りを感じた瞬間、幸せな過去の生活の情景が蘇ったという一節がある(ちなみに読んでいない)。
室町時代の醸造法を使い、その発祥の地に8蔵が集まって一緒に酒母を造り、儀式を行う一連の流れを2019年1月にはじめて目撃した。この酒を飲んで、曽谷清水の香りを感じた時、聖なる地である菩提山の情景が心に浮かんだ。
テイスティングノート
菊司 菩提酛純米酒 2019年醸造
とても個性的で、そやし水のニュアンスが中心に据えられている。
美しい山吹色。今回飲み比べた中で「そやし水」の香りが最も強く感じられた。口に含むと、軽やかで甘味はほとんど感じられない。酸味は目立たない。苦味は強い。後口は広がる。穀物感、水あめやビニールのような透明に伸びる感じ、苦味、ミネラル感、強い酸味と、そやし水のまったりとした香りが顔を出してくる。その余韻は長く、そやし水の丸くてやさしくて、少し動物的な香りが収斂味とともに重く佇む。
菩提酛 つげのひむろ 2019年醸造
甘くてキラキラとした酒。その奥からそやし水が見え隠れする。
しっかりとした甘味と酸味。シャープな味わいをメロンの香りが包み込む。少しだけ蜜のようなとろやかさがある甘味。それは花の蜜、スミレの可憐な香りを思わせる。そこからややミルキーな香りが見えてきて、切れる。余韻は爽やかで、金柑の印象を保ちながら長く続く。酸味と少し苦味、小さな花が来て、少しだけキシっと収斂する。
やたがらす 浩然之氣(こうぜんのき)菩提酛純米酒 2019年醸造
やわらかで可憐な印象。背後にうすく、そやし水の香りと山菜のような苦味がある。甘味と酸味のバランスがよい。甘味を抑えたナシ、ウリ、花の蜜、そして少しのはちみつ。後口にミネラル感と苦味、収斂味があって、余韻はやや長い。
菩提酛 純米 升平(しょうへい)五年貯蔵古酒 2013年醸造
上立ち香りに蜂蜜の香り。飲むと、豊かな味わいに透明感と、蒸留酒のようなアルコールのシンプルな主張がある。上品なデーツや枝付きレーズンの枝の香りのあと、かすかにキノコを思わせる残り香りがやってきて、酸味と収斂味が強く感じられる。収斂味のすこしキシキシとした感じがこの酒の骨格となっている。そやし水の香りは感じられなかった。
常温で熟成されているが、個性はあるが、引っかかるくせがない。ていねいに歳を重ねた紳士を思わせる。
つげのひむろ 蔵内長期便貯蔵 熟成大古酒
キノコの香り。飲むと、軽やかに入りつつ、すぐに味が広がるのがよい。餅や水あめの伸びる感じや透明感と、やや杏仁の香りとユリの花の印象、そして少しだけキノコ。上品な熟成した蜜を思わせる。甘露飴のような透明感のある甘味と熟したりんごの蜜のようなコクのある甘味。総じて上品で、きれいな膨らみが芯になっている。そやし水のニュアンスはない。
(テイスティング日: 2019年7月15日)
ラベル情報
菊司 菩提酛純米酒 2019年醸造
- 〈醸造元〉 菊司醸造(奈良県生駒市)
- 〈仕込み水〉 -
- 〈原料米〉 奈良県産一般米
- 〈精米歩合〉 70%
- 〈杜氏〉 -
- 〈特定名称/種別〉 純米酒
- 〈アルコール度数〉 15-16度
- 〈原材料〉 米・米こうじ
- 〈製造年月〉 2019-06-01
- 〈その他情報〉 日本酒度+12
菩提酛 つげのひむろ 2019年醸造
- 〈醸造元〉 倉本酒造(奈良県奈良市)
- 〈仕込み水〉 -
- 〈原料米〉 -
- 〈精米歩合〉 70%
- 〈杜氏〉 -
- 〈特定名称/種別〉 -
- 〈アルコール度数〉 15度
- 〈原材料〉 米、米麹(国産米)
- 〈製造年月〉 2019-06
- 〈その他情報〉 日本酒度-2、酸度1.5、アミノ酸度1.5
やたがらす 浩然之氣(こうぜんのき)菩提酛純米酒 2019年醸造
- 〈醸造元〉 北岡本店(奈良県吉野郡吉野町)
- 〈仕込み水〉 -
- 〈原料米〉 -
- 〈精米歩合〉 70%
- 〈杜氏〉 -
- 〈特定名称/種別〉 純米酒
- 〈アルコール度数〉 15度
- 〈原材料〉 米(国産)・米こうじ(国産)
- 〈製造年月〉 2019-06
菩提酛 純米 升平(しょうへい)五年貯蔵古酒 2013年醸造
- 〈醸造元〉 八木酒造(奈良県奈良市)
- 〈仕込み水〉 -
- 〈原料米〉 -
- 〈精米歩合〉 -
- 〈杜氏〉 -
- 〈特定名称/種別〉 -
- 〈アルコール度数〉 17度
- 〈原材料〉 米・米麹(国産米)
- 〈製造年月〉 2019-04
つげのひむろ 蔵内長期便貯蔵 熟成大古酒
- 〈醸造元〉 倉本酒造(奈良県奈良市)
- 〈仕込み水〉 -
- 〈原料米〉 -
- 〈精米歩合〉 70%
- 〈杜氏〉 -
- 〈特定名称/種別〉 純米酒
- 〈アルコール度数〉 15度
- 〈原材料〉 米、米麹(国産米)
- 〈製造年月〉 2019-06
- 〈その他情報〉 15年以上瓶貯蔵した長期熟成古酒