ノン・サラリーマンのための新橋立ち飲みガイド(デジタルリマスター版)
新橋の立ち飲み屋に入り浸っていた頃に書いた立ち飲み屋の楽しみ方や作法など。
今から10年ほど前に書いた、はじめてのグルメエッセイです。ここに書かれた新橋での体験は、いまの私の飲酒生活、とりわけ立ち飲みへの傾倒の原点なのだと、あらためて気付きました。
きょうは、新橋初心者のための立ち飲み屋巡りおすすめコースを紹介します。新橋駅前ビルからガード下沿いに散歩、有楽町まで北上しながら飲み歩くコースです。
新橋駅前ビル
このツアー最初の見所、「新橋駅前ビル」を紹介します。
新橋駅をでて汐留側のすぐに新橋駅前ビルがあります。このあたりは第二次世界大戦直後から日本最大といわれた規模の闇市でにぎわうエリアでした。闇市が姿を消した後、そのまま細かい区割りにバラック立ての建物が立ち並ぶ飲食店街となりました。
1965年に再開発事業が始まり、近代的なビルに生まれ変わりましたが、このエリアで営業していた飲食店などがそのまま入居したので、法律事務所から飲み屋、理容店まであらゆる形態のショップやオフィスが混在する巨大雑居ビルのはしりとなりました。
1990年代にこのビルを訪れた建築家のレム・コールハースは、この混沌とした構成に、非常に感銘を受けたといいます。
新橋駅前ビル地下の立ち飲み屋街
新橋駅前ビルの地下1階にはたくさんの立ち飲み屋が密集しています。ビルの雰囲気を楽しんだ後は、早速ビールです。
ここでは、日本の一般的にバーに見られない、独特の風習があります。あらかじめ頭に入れておきましょう。
「グラス・プール方式」
客がビールを注文するとビール瓶に加えて、なぜかグラスが2つサーブされます。一つ目のグラスは、もちろんビールを注ぐためですが、もうひとつのグラスは「グラス・プール方式」という珍しい支払い方式のために使われるのです。
あらかじめ千円札など低額の紙幣をグラスに入れておくと、店のマダム(「ママ」と呼ばれることが多い)が、そこからお金を取り出し、おつりを入れます。このように、あらかじめグラスに支払いをプールしておくので「グラス・プール方式」という名付けられました。
「グラス・プール方式」は現在では日本各地の立ち飲み屋に広がっていますが、まぎれもなく新橋発祥の作法なのです。なお、近年この支払い方をCOD(キャッシュ・オン・デリバリー)と呼ぶ傾向もありますが、ここ新橋ではそのようなハイカラな呼称を使うことはタブーとされているので注意が必要です。
作法としての「はしご」
もう一つのルールが「滞在時間」。一つの店に15分以上滞在することは好ましくありません。ビール1杯とつまみ数点ですぐに退散し、すぐに次の店に渡る(これを「はしご」といいます)のが品性のある飲み方といえるでしょう。一晩に2から3店舗回るのが標準的とされています。
ここで飲むときに大切なのは、「ママをほめる」ということです。新橋駅前ビルには、20年、30年といったスパンで営業を続けているお店が多くあります。当然ママは美人ママです。バーのマダムにエンターテインされる、といった受身の姿勢で臨んでは立ち飲み屋を楽しむことができません。逆にママを接待するような意気込みで臨みましょう。
お店にはそれぞれ、お客さんからもらったテレビや、絵心のあるママが自分で書いて壁に飾っている絵、立派な大黒柱など、ほめるポイントがあります。先客がほめているのを見て、そのポイントを見つけるのも立ち飲み屋の楽しみ方のひとつです。
新橋駅前ビルの立ち飲み屋街の客は75%以上が毎日通う同じ客で占められています。彼らは「常連」と呼ばれ、あだ名で呼び合うことが多いようです。観光客は彼らと軽い雑談をする程度の接触がよいでしょう。決して深入りしないことです。
常連さんには猫が日向ぼっこをするような「定位置」があることが多いので、そこを侵犯しないように気を配りましょう。もし知らずに犯してしまった場合は、ほかの客やママがそれとなく諭してくれますので,常に空気を読む姿勢を保ちましょう。常連さんとの適度な距離感を保つことが適正な社会生活を送るための秘訣です。
このほかにも、全世代に絶大な人気を誇るタレント、タモリの「立ち飲み屋では爪先立ち」のように、さまざまなマイルールが知られています。でもお酒を飲むのは楽しむため、決して無理をしないことが肝要です。
新橋駅前広場から山手線ガード下を散策
新橋駅前ビルを出て有楽町方面に向かいます。この間の高架下(「ガード下」と呼ぶのがクールだとされています)には、サラリーマン向けにブランディングされたさまざまな飲食店が立ち並びます。20世紀初頭に構築されたレンガ造りのアーチの中に並ぶそれは、さながらパリの地下カタコンベ跡に作られたアンダーグラウンド・クラブのようです。
新橋駅は日本で最初に作られた鉄道の駅として有名ですが、駅前には当時の機関車(SL)を展示した「SL広場」と呼ばれるサラリーマンの憩いの広場があります。ここで、ネクタイを鉢巻のように頭に巻きつけるほど泥酔したお父さんを無理やりクイズに答えさせ、ついには家族や友人にまでそのろれつの回らない酔っ払いトークで電話させるというテレビ番組を思い浮かぶでしょう。この番組はコンスタントに国民的人気をもち続けています。これほど「新橋でお父さんが泥酔する」姿は社会に受け入れられているのです。
有楽町ガード下「登運とん」
ガード下を有楽町駅方面に半分ほど進んだところに、立ち飲み焼き鳥や「登運とん」があります。ここで新橋駅前ビル地下街とは違った雰囲気の立ち飲みを楽しみます。ネクタイを頭に巻いたサラリーマンに遭遇したらラッキーです。
東京国際フォーラムを見物した後のベルギービール
「登運とん」で焼き鳥を堪能した後、ガード下をさらに有楽町方面にすすみましょう。左手に、東京都庁跡地を利用し建設された「東京国際フォーラム」を望みます。中庭には深夜でも入ることができるので、散策します。空飛ぶ鯨の骨格をモチーフにした大きな屋根は見所です。
東京国際フォーラムの北側にあるビルの地下に、おしゃれなベルギービール・バーがあります。Antwerp Centralです。ベルギーの生ビールが何種類も味わえる店はあまりありません。食事もおいしいうえに、デートにも使える落ち着いた雰囲気が魅力です。新橋立ち飲み屋とはまた違った満足感を得ることができるでしょう。
(2008年1月15日)