「最高級の日本酒をアートを世の中に広める階段に」ARTLOGUE 鈴木大輔さんインタビュー 後編
前編「アートと日本酒が融合する賞をつくる」に引き続き、日本酒とアートのコラボレーションをさせた賞をプロデュースする鈴木大輔さんのお話です。なぜアートの世界に入ったのか、そこからなぜ日本酒とのコラボレーションに繋がったのかについてお話いただきました。
前編「アートと日本酒が融合する賞をつくる」に引き続き、日本酒とアートをコラボレーションさせた賞をプロデュースする鈴木大輔さんのお話です。なぜアートの世界に入ったのか、そこからなぜ日本酒とのコラボレーションに繋がったのかについてお話いただきました。
アートの世界、アートと社会
NIIZAWA Prize をアートの顕彰制度にする、アーティストの功績をたたえ広く世間に知らしめるという考えです。日本酒のラベルの賞を作ることで鈴木さんは何を目指しているのでしょうか。
アートと社会の関わりを見つめ、活動してきた鈴木さんの軌跡をたどりながら、この賞の根源にあるものを見ていきます。
なぜ、アートの世界に入ったか
鈴木さんはデザインや映像といったクリエイター業をなりわいとしています。表現や創作を突き詰めていくうちに、アートの領域に関心が移っていったといいます。
—— どうしてそうなったのですか?
鈴木:
どうしてだろう?
クリエイターが下でアーティストが上、というわけではなくて。
突き詰めて考えると、一つには、アートというのは非常にファジーな存在である、
アートには何の機能もなくても、「アートとして」だったら存在できる。
デザイナーとして活動しているときは、たとえばチラシを作る場合、誰かが発信したい情報を受け取る人に適切に伝わるようにデザインしなくてはいけないんです。
そこには必ず、機能が盛り込まれています。目的の達成のために機能させなくてはいけないという任務を背負っているんです。
しかし、アートは極めてゆるい存在です。
マルセル・デュシャンという現代アーティストがいます。男子用の小便器に署名だけして『泉』というタイトルを付けた作品を出品しました。結局展示されなかったんですけど。
これについてデュシャンは、「作者が自分の手で『泉』を制作したかどうかは重要ではない。彼はそれを選んだのだ。彼は日用品を選び、それを新しい主題と観点のもと、その有用性が消失するようにした。そのオブジェについての新しい思考を創造したのだ」と言っています。
👉 現代美術の祖 マルセル・デュシャン 《泉》 100周年 キックオフ・イベント「#Fountain 100 リチャード・マット事件」
というのであれば、そこら辺に石を転がしても「アートである」と言えるんです。アートというのはそういう存在なのです。
アートという文脈の中で表現の手法を突き詰めていったものが顕在化して、いま世の中に認められているもの。これらを我々がアートとして見て、享受しているんです。
そうすると、「じゃあ、アートって、必要なの?」ということになります。
アートの力、アートを機能させること
—— でも、アートは社会の役に立っているのではないのですか?
鈴木:
いろいろな可能性を秘めています。
ただ、アートは真理や基本原理の追求をする基礎研究のような性質もあります。だから、即座に役に立つことや、商業的な利益を生み出すのが難しいことも多々あります。
しかし、今いろいろな形でアートが機能し始めています。そこに可能性を感じています。アートには、今まで利活⽤されていない機能というのがあると思っています。
たとえば、多様性を育む⼒だったり、社会包摂だったり。老若男女や、社会的弱者でもアートだったら誰でも関われます。「なんでもいい」という包容⼒もあります。
それから、アートの特徴として越境性が⾼いということがあります。壁ボーダーを乗り越える⼒があります。
他にも、「機能」として、たとえば地域活性化や、ニューヨークのソーホーのように荒廃した都市を再⽣させる⼒とかが言われています。
世の中の課題を解決するには、お金の力、政治の力、場合によっては軍事力が使われたりします。いろいろな解決方法があります。
その中で、アートが機能できるような分野ではもっと活かしていったほうがいいのではないか、とずっと思っていたんです。
そういうことを考えていて、いわゆる社会包摂型のアート。障碍を持っているとか、ホームレスの人とか、弱者の人たちとアートをつなげたり、どうやって彼らをアートでエンパワーメントしていけるか、という研究や活動をしてきました。
アートを世の中に広める階段
アートを機能させるために必要なのは、より多くの人にアートに触れてもらうことです。アートに接するための入り口、アートへのアクセシビリティーを向上させる活動が、NIIZAWA Prize へとつながります。
鈴木:
どうやったら世の中にアートを広められるか。大切なのはアートへのアクセシビリティの向上です。
日本は、常々言われているけど、欧米や中国に比べるとアートのマーケットが全然ないんです。富裕層がいても、アートに興味がある人が少ないんです。
だからといって、今までアートに興味がなかった人に、いきなり「美術館に来てください」とか、「アートの作品を買ってみてください」というのは、ハードルが高いですよね。
でも、「最高級の日本酒、めちゃくちゃおいしい。なんかアートでかっこいいね。いいね。ちょっとプレゼントにいいね」とか、そういったことから次のステップに進む可能性があります。
だから、NIIZAWA Prize のお酒はアートを世の中に広めていくための一つの階段になると思います。
いままで(2015年受賞した)靉嘔というアーティストの名前を一回も耳にしたことがなかった人たちに、おそらく靉嘔という名前が浸透していくし。
そうすると、「お、靉嘔の作品が売ってるやん。作品買ってみようかな」となるかもしれません。
アートへのアクセシビリティの向上ということで、最初からこういうストーリーは考えていました。
誰にアーティストを選んでもらうかが大切
誰が獲るのだろうかとみんなが楽しみにするような賞、選ばれたアーティストが名誉に思う賞にしたいという鈴木さんの思い。これを実現するための綿密な戦略がありました。
—— 「みんなが楽しみにする賞」、いいですね! どうやってこのような賞をデザインしたのですか?
鈴木:
そこです! 「どういう人が選ぶのか」ということがとても重要なんです。
まず、森美術館館長の南條さんにお願いしました。南條さんとは昔からの付き合いで、これまでも色々なプロジェクトに理解を示し、協力をしていただいています。
森美術館は私立の美術館で、現代美術を扱っている美術館では日本トップクラスです。そこの館長の南條さんに企画を話したら「おもしろいからやりましょう!」と言ってくださいました。
次に建畠晢さん。全国美術館会議の会長、多摩美術大学の学長、埼玉県立近代美術館の館長など、多くの役職を歴任されていて、公立の美術業界のトップクラスにいらしゃる方です。建畠さんも古くからARTLOGUEの活動を支えてくれています。
これで、公立、私立それぞれの美術業界のトップクラスの方にご協力をいただけることになりました。
次に、コレクターの方の意見もほしいと思い、南條さんに相談したところ、マネックスグループCEOの松本大さんを紹介いただきました。お話したら「面白そうなのでやります」と言ってくださいました。
こうして、この3人の方に作品の選考をお願いすることになったのです。
また、前文化庁長官であり、現山梨県立美術館館長でARTLOGUEの顧問でもある青柳正規先生に、文化庁長官としてのメッセージを頂いたりして、顕彰制度としての重みを出していきました。
酒、アート。プロ同士、口を出さない
—— 選考はどのように行ったのですか?
鈴木:
いろいろな美術館のキュレーターからの推薦をしてもらい、南條さん、建畠さん、松本さんで選考するという形です。
アーティストの杉本博司氏が内装を設計した飲⾷店「茶洒 金田中」に集まって残響を飲みながら選定しました。
—— 新澤社長は選考に参加しなかったのですか?
鈴木:
「お互いプロ同士、口を出さない」ということで新澤さんはアートには一切口を出しません。
同じように、アートを選考する3人もお酒には口を出さない。それぞれの立場のプロ意識を感じました。
第1回の「NIIZAWA Prize by ARTLOGUE」発表
2015年11月に森美術館で開催された世界美術館会議(CIMAM) [1]のレセプションパーティー[2]で「NIIZAWA Prize by ARTLOGUE」は発表されました。
—— 「NIIZAWA」「NIIZAWA KIZASHI」、2つの賞はそれぞれどのような位置づけですか?
鈴木:
「NIIZAWA」は世界トップクラスのアーティストが受賞する賞です。「KIZASHI」は、日本では十分に実績があるけど、これから世界に羽ばたくアーティストが受賞します。
2015年に選ばれた作品
NIIZAWA 2015
こちらが大賞に選ばれた靉嘔さんの作品。靉嘔さんは1931年生まれ、「虹のアーティスト」として知られています。
「NIIZAWA」は宮城県産の「蔵の華」を7%まで磨き上げたプレミアム日本酒です。
NIIZAWA KIZASHI 2015
兆し賞は狩野哲郎さんが受賞しました。狩野さんは1980年宮城県生まれ、自然素材や既製品を用いた作品が注目を集めています。生きた鳥をインスタレーションに介在させることで有名です。
NIIZAWA KIZASHI も宮城県産の「蔵の華」を7%まで磨き上げたプレミアム日本酒、NIIZAWAと若干スペックが違います。
ハイプライスな日本酒を求める人がいる
—— 1回目の NIIZAWA Prize を実行して、手応えはいかがでしたか?
鈴木:
手応えは、やはり、あります。
「ハイプライスな日本酒を欲しがる人たちがいるんだ」ということが見えてきました。
そして、アーティストがすごく喜んでくれていることがすごく良かったです。
日本酒という文化と現代芸術という文化、双方の力で一緒に振興していく、価値を世界に発信していくというところが NIIZAWA Prize が目指すところです。
これだけ高級なお酒とコラボレーションするというのは、世界的にトップクラスの人たちも純粋に喜んでくれている、とわかりました。手応えは感じています。
—— 2016年は2人、今年はさらに2人のアーティスト、あわせて4人のアーティストですね
毎年続けていって、アーティストが増えていって、どんどんコレクションできるような形にしていきたいです。
2016年に選ばれた作品
このインタビューのあと、NIIZAWA Prize 2016の受賞作が発表されました。
NIIZAWA 2016
大賞はセルフポートレートの手法を使い、美術を「見る」でも「作る」でもなく、美術に「なる」ことをテーマに写真作品を作り続ける森村泰昌さんが受賞しました。
NIIZAWA KIZASHI 2016
兆し賞に選ばれたのは岩崎貴宏さんの「リフレクション・モデル」。岩崎さんは第57回ヴェネチア・ビエンナーレ国際美術展(2017年)日本館代表作家に選出されてます。
CIMAM(International Committee for Museums and Collections of Modern Art|国際美術館会議)は、世界の近現代美術館が共有する制度的課題、コレクションと展覧会等について協議するフォーラム ↩︎