マチオモイ帖

あとがき〈伏見帖〉

「伏見帖」はたくさんの方々のお力をいただいてつくり上げることが出来ました。 伏見のお酒を教えてくれた京都の居酒屋「んまい」のみなさん。そこで出会って蔵開きにお誘いいただき、その後も大変お世話になった田島さん、中村さん。酒蔵体験をさせていただいた北川本家の北川社長と蔵の方々。伏見の散歩の楽しさを教えていただいた伏水きたせ昆布老舗の北澤さん。「伏見と酒造りをテーマにしたい」というアイデアの実現に力をくださり、素敵なデザインをしてくださったデザイナーのmocoさん。本当にありがとうございました。 この「伏見帖」を出発点として、これからも、酒造りで積み重ねられてきた歴史、たずさわる人々の思い、酒どころ伏見の魅力を伝えていきたいと思います。 参考文献 * 藤本昌代・河口充勇,2010,『産業集積地の継続と革新 —京都伏見酒造業への社会学的接近—』文眞堂。 * 国税庁課税部酒税課, 2014,『平成26年3月 酒のしおり』 国税庁課税部酒税課。 * 独立行政法人酒類総合研究所, 2008,『醸造に学ぼう 発見!微生物の地から』 独立行政法人酒類総合研究所。 * 独立行政法
日本酒コンシェルジュ Umio 江口崇

搾り(上槽)〈伏見帖〉

いよいよ日本酒造りの最終工程、「搾り(上槽)」です。もろみを濾して液体を取り出します。これが日本酒です。ここで残った個体の部分が酒粕になります。 仕込んでから2週間から5週間でもろみが十分に発酵して搾れる状態になります。もちろん計画は立てますが、実際にいつ搾るかはもろみの状態を確認して決めます。早すぎても遅すぎてもおいしい酒になりません。いつもろみを搾るかを決めるのは杜氏さんの役割です。 杜氏さんは、仕込んでから毎朝、もろみの状を確認します。今は分析器にかけて成分を調べますが、基本的に味や香り、見た目で判断します。分析にかけるよりも早くわかるからです。 育てあげたもろみを世に送り出す 搾りの日は、蔵の方々は朝5時から準備を始めます。朝の気温が低い時はもろみの発酵の状態が安定するので、搾っている間に発酵が進んでしまわないようにするためです。 この日は、始発列車で蔵に向かいました。駅を降りて蔵に近づくと、華やかな青りんごの香りがあたりを漂っていました。 普段はやさしい蔵人さん、杜氏さんも、この日はとても真剣な表情で、酒蔵の空気ははぴりりと張りつめます。搾りは酒造り
日本酒コンシェルジュ Umio 江口崇

仕込み〈伏見帖〉

できた酒母を大きなタンクに入れ、さらに蒸米と水、米麹を何度かに分けて追加して、さらに発酵させます。これを「仕込み」といいます。 通常は「三段仕込み」といって、材料を3回に分けて追加します。発酵を安定して進めるためです。1回めの仕込みには「添(そえ)」、2回めには「仲(なか)」、3回めには「留(とめ)」という名前がついています。 1回めと2回めの仕込みの間は1日おやすみします。最初の発酵が安定するには時間がかかるからです。これを「踊(おどり)」といいます。階段の踊場のように、一休みするのです。 もろみを「育てる」 材料を全て入れ終わったら、温度調節をしながら3週間から5週間、発酵させます。発酵で二酸化炭素が発生して、ぷくぷくと泡が出てきます。米が溶けて白いどろどろの液体になります。これを「もろみ」といいます。 仕込みが終わったあとは毎日もろみの状態をチェックします。その時、もろみを少しだけ採取して化学的な分析をしますが、見た目や香り、味でも判断します。 毎朝7時にすべてのタンクのもろみのチェックをする田島さんは、分析には時間がかかるけれども、人間の五
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酒母づくり〈伏見帖〉

日本酒は蒸した米と水、米麹、酵母を大きなタンクに入れて発酵させて造ります。だからといって一度にこれらの材料を全部入れてしまっては、発酵をうまくコントロールすることができません。 そこで、まず発酵のスターターを作ります。これを「酒母(しゅぼ)」といいます。酒のお母さんです。ここから発酵が始まり、酒が育つのです。 地道な作業から酒母造りは始まる 私は幸運にも、酒母造りのお手伝いをさせてもらえることができました。「汲掛け(くみかけ)」という工程です。 桶の中に材料が全て入った状態では、まだ米と水が分離しています。米全体に水を浸透させるために、桶の真ん中に側面に小さい穴の空いた筒を入れます。そこに染み出してきた水をひしゃくですくって周りの米にかけます。もちろん手作業です。機械を使うと米の粒がつぶれていまいます。そうすると酒に雑味が出やすくなります。これを防ぐために、惜しみなく手間を掛けるのです。 この汲掛けの作業を、10分から15分に1回のペースで繰り返します。桶の水が一巡するくらいまでひたすらひしゃくで水をすくい、米にかけます。これを朝10時から夕方5時まで繰り返しまし
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麹づくり〈伏見帖〉

つぎは麹づくりです。 蒸した米と麹菌というカビの一種を使って日本酒の原料のひとつ米麹をつくります。麹づくりはとても手間のかかる工程です。まる3日間、昼も夜もつきっきりの作業なので、酒蔵に泊まり込みの作業になります。 麹づくりは麹室(こうじむろ)という、温度と湿度が管理できる部屋で行われます。蒸したての米をひろげて、その上に種麹(たねこうじ)とよばれる麹菌の胞子をふりかけます。すると菌糸が米の表面や内部を分解しながら伸びていきます。十分に菌糸が発達したら、米麹の出来上がりです。この過程で麹菌は米のデンプンを糖に分解するので、食べてみるとちょっと甘いです。 米の表面いっぱいに菌糸が伸びた状態の「総破精麹(そうはぜこうじ)」や表面はまばらだけれど米の奥まで菌糸を伸ばしている「突き破精麹(つきはぜこうじ)」など、違ったタイプの米麹を作り分けます。どういう味の酒を造るかによって使い分けます。 デリケートな温度・湿度管理が必要な麹づくり 麹の菌糸がどのように成長するかをコントロールするのは、温度と湿度です。米麹をつくる3日間の間ずっと、米麹の状態を見ながら、温度と湿度
日本酒コンシェルジュ Umio 江口崇

米を洗う、米を蒸す〈伏見帖〉

酒造りは、米を蒸すところから始まります。その前にまず、米を洗い、吸水させます。 この日は蔵人さんたち総出で米を洗いました。一緒に酒造りのスタートを切るのです。酒ができるまでには5週間から2ヶ月以上かかります。それまで気持ちを保ってチームで助けあう必要があります。そのために、最初の作業の洗米をチーム全員で力を合わせてやりとげるのです。 子どもが2、3人入れるような「半切桶」とよばれる大きな桶を使います。一度に10キロ程度の米を洗います。杜氏さんはストップウオッチを持って、洗う時間を測ります。 杜氏さんの掛け声で米を洗い、水を替えるのを繰り返したあと、吸水させます。私はどうしてここまでぴったり時間を合わせて洗米をするのかが不思議でした。でもあとで洗った米の重さを量っているのを見て「なるほど」と思いました。 米を洗う前の重さ、洗って吸水させたあとの重さを計量するのです。その差を計算するとほとんどぴったり30%だけ重さが増えていました。つまりその分だけ水を吸ったということです。手作業なのにほとんどぶれはありませんでした。 米の水の吸いやすさは品種やできた年ごとに違います。こ
日本酒コンシェルジュ Umio 江口崇