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川鶴酒造

香川県観音寺市(かんおんじし)にある酒蔵。

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川鶴 讃州オオセト55 特別純米 無濾過生原酒 日本酒テイスティングノート
川鶴

川鶴 讃州オオセト55 特別純米 無濾過生原酒 日本酒テイスティングノート

新大阪駅のエキナカにある日本酒バー「スギノタマ」で昼呑み。 店の外壁には一升瓶が、それもなかなかなラインナップの一升瓶が並んおり、気分が上がります。 京都では見つけにくい川鶴を見たので注文!アテが数種ついた「昼呑みセット」とともにいただきました。 この日の川鶴は「讃州オオセト100%」。オオセトは香川県の酒米。同じく香川の酒米「さぬきよいまい」のお母さんです。 さっそく口に含んでみると、とろりとした口当たりで強い甘みと力強く上がってくる酸味。旨味もしっかりしている。苦味は中程度。 アプリコットのような落ち着いたフルーツの香りの奥から、ミルク飴、上新粉のような米由来の香りがのぞきます これが一緒に頼んだ昼呑みセットのアテ盛り合わせ。かなり広範囲をカバーしています。 この中で川鶴オオセトに合ったのは右奥の鶏天。強い甘味と酸味が揚げ物の口になります。 欲を言うなら、讃岐のうどん屋の天ぷらに合わせたい!れんこんの天ぷらと、ちくわの磯辺揚げに合わせたい! 今回は10度くらいの温度帯でいただきましたが、45〜50度くらいに温めてもいけそうだと思いました。 大好きだけど地元であまり飲む機会がないオオセト100%の川鶴が飲めたので、大阪まで出てきた甲斐があったというものです。 ラベル情報 商品名: 讃州オオセト55 特別純米 無濾過生原酒 醸造元: 川鶴酒造(香川県観音寺市) 原料米: 讃州オオセト 精米歩合: 55% 日本酒度:

9. 未来|酒造家 藤岡美樹さん インタビュー
インタビュー

9. 未来|酒造家 藤岡美樹さん インタビュー

かわつる、かわる — 「かわつる14」のラベルは他のものと比べてずいぶん違った印象ですね これはみなさん、「かわつる」じゃなくて「かわる」って読める、っていうんですけど、川鶴がこれから変わっていくよ、とこっそり入れています。 — 右に余白が多くあるのは? 「未来」なんですかね。 — 日本酒の未来? やっぱり日本酒ってすごい技術だって思うんです。こんなに精巧な技術ってなかなか無いな、って思うんです。伝統的な麹造りだったり、いろいろな高度な技術に支えられていて。 日本ってそういう発酵食品での複雑な味わいとか料理が全部ありますから、その中の一つ、お酒ということで続けていきたいな、って思いますね。 飲み続けていってもらえるように、手にとってもらえるように、造りつづけられるように。そこをやっぱりやっていきたいと思ってますね。それには、でも、なかなか経験が足りない、技術が足りない、時間が足りない。 川鶴の未来、日本酒業界の未来 いまのうちの杜氏はもう70歳近いですから、近いうちに自分たちで造っていかなければならなくなりますので、そこも見据えていかなければならないと。 うちは休みがなくて朝も早いっていう醸造スタイルをとっているんですけど、いま社会に出てきてる子たちって、土曜日がお休みで週休2日をずっとやってきているので、そういう人たちでも酒造りができるような。まあ、週休2日はちょっと無理なんですけど。 酒造をやりたいなって思った人が、ハードルなく入ってこれるような仕事の体系を組んでいきたいですし。だけどいいものを造らなきゃいけないので、そこの働き方とか仕事の仕方とか。 そういうことも含めて、

8. 挑戦してはじめて分かったこと|酒造家 藤岡美樹さん インタビュー
インタビュー

8. 挑戦してはじめて分かったこと|酒造家 藤岡美樹さん インタビュー

オープンな日本酒業界 藤岡さんが酒造りを教わったのは、今まで勤務した酒蔵の杜氏さんや蔵人さん。でも日本酒業界では会社の枠を超えた技術交流がとても盛んです。 藤岡さんも他の蔵の酒造家の方から教わったり、教えたりしたりして切磋琢磨しています。その中で京都・伏見にある北川本家の杜氏、田島さんの言葉は藤岡さんの酒造りに大きな影響を与えたといいます。 日本酒業界って不思議なくらいオープンなんですよ。結構、横のつながりで教えたり教わったりできるんですよね。食品業界の方はびっくりしますね。 — それって企業秘密ではないんですか? なんでしゃべるかというと、みんな絶対真似できないと思っているから。酒蔵ごとに水が違うし、気候が違うし、環境が違うし、そもそも違うことだらけだから。全く同じ方法で造っても、違う蔵でやれば同じものはできないんですよね。例えば米の状況が違えば、聞いてきた話は適用できないんですよね。 それこそ、やっぱり、自分の経験と自分の勘と自分の応用力がないとできないので、なので、わりと日本酒の業界はしゃべりますね。 — 藤岡さんも教えたり教わったりするんですか? 私が尊敬する杜氏さん、北川本家の田島さんには酒造りのことをたくさん教えていただきました。 私が以前、「酒を造るのが怖い、自分で造らなきゃいけなくなって怖い、今までやったこともないし、新しいものだし、どうしたらよいかわからない」って言った時、田島さんにこう言われたんです。 「藤岡さんに一番足りないのは、失敗することです」 「失敗しても死にませんよ。だけど、失敗しないとわかんないことがあって、失敗するとやっぱり怖い目にもあうから、次から気をつけようと思うし。とにかく、現場で失敗したら、いまあなたが怖いと思っていることのほとんどは大したことじゃない、

7. 怖くて仕方がなかった|酒造家 藤岡美樹さん インタビュー
インタビュー

7. 怖くて仕方がなかった|酒造家 藤岡美樹さん インタビュー

怖くて仕方なかったけど、一本やってみた — 低いアルコール度数で原酒を造ることは難しいと聞きましたが 低いアルコール度数で原酒を造ることは難しいです。醪の管理をきちんとしていないと発酵が止まってしまったりしますし、単純に度数が低い状態で絞ると、香りが変わってしまったり、リスクもたくさんあるので、そこを見極めて作っていくというのは、大変難しいです。 ずっとつきっきりでした。 はじめてなので、やっぱり分からないところが多かっですね。それで、毎日分析をしながら、経過簿(醪の状態を分析したものを記録したもの)と醪のタンクとにらめっこしながら、ずっと造っていましたね。 熟練の杜氏さんはある程度間隔を開けて分析したりするのですが、私は一年生だったので、毎日分析しました。 もう、生きた心地がしない一ヶ月でしたね。 仕込中は、例えば麹をつくるにしても、自分の思っている麹にするにはどうしたらいいかとかがわからないですから、夜に何度も醪を見に行ったりしました。仕込中はほとんど家に帰らずにいるような感じでした。 だけど、はじめてタンク一本全部造って、世の杜氏さんたちのおっしゃっている意味がはじめて分かりました。 はじめて全部造ってみたら、「ああ、こうやったらもっと良くなるんだ」とか、「ああ、こうしたらこうなっちゃった。失敗してしまった」ということが分かるようになって。 やる前は怖くて怖くてしょうがなかったんです。でも一本やってみて得られたことがあって、机上の理論と実際やってみる現場でわかったことすり合わせができて、すごく勉強になりました。 自分で酒造りをしてはじめて理解できたこと — 例えばどういうことですか? 例えば、お米。日本酒の原料はお米で、農作物が原料なので、

6. かわつる14|酒造家 藤岡美樹さん インタビュー
インタビュー

6. かわつる14|酒造家 藤岡美樹さん インタビュー

はじめて自分で造りの設計・指揮をした「かわつる14」 2015年に、藤岡さんははじめて醸造の責任者としてひとつの仕事を成し遂げました。「かわつる14」がそのお酒です。 — 「かわつる14」というお酒について教えて下さい これは今年はじめて造った日本酒です。 私、ずっと日本酒にたずさわってきたんですけど、「酒母をつくる」とか「麹をつくる」とか部分部分での仕事をしてきたんです。自分で全部配合を作って、お米の吸水歩合も決めて、醪の管理もしていくというのは、今までやったことがなかったんですけど、今回はじめてさせてもらいました。 — はじめて設計・指揮をしたお酒ということですね そうです。いままで、例えば「おいでまい」という米を使ってお酒を造るということだったら、「こういう感じの味わいでコンセプトはこうですよ」みたいなことはやっていました。 実際にお米の吸水を見たり、麹をつくったりということは、杜氏さんがしてくださっていました。この現場作業も含めてやらせてもらったのは、この「かわつる14」がはじめてですね。 — 長年の夢がかなったのですね はじめての造り。うれしかったですね。 でもやっぱり、これ1本をやると、「これは良く出来たな」と自分では思うんですけど、「もっとここをこうしたら良くなるのに」「来年はこうしてみたい、ああしてみたい。そしたらもっとここが良くなるのに」みたいなことは、出てきますね。

5. 讃岐くらうでぃ|酒造家 藤岡美樹さん インタビュー
インタビュー

5. 讃岐くらうでぃ|酒造家 藤岡美樹さん インタビュー

ジョッキでごくごく飲める日本酒「讃岐くらうでぃ」 その後も藤岡さんは日本酒への「入り口」になる商品を開発していきました。その中でも低アルコール日本酒の「讃岐くらうでぃ」は日本酒を飲まない若い世代に人気の商品です。 — その後はどんなお酒を開発したのですか? 香川には「骨付鳥」という郷土料理がありまして、本場の丸亀市が普及をしようということで、「このラベルを使った日本酒を出してください」という話があったんです。 「既存の製品にラベルを張り替えるだけでいいですから」、とのことだったんですが、「えー、骨付鳥に普通の日本酒は合わないですよー、ごくごく飲めんし」ということで、「どうせやるんだったら中身の開発からします!」ということで開発しました。 「骨付鳥」はもともと養鶏が盛んだった香川県丸亀市の郷土料理。鶏肉をにんにくとスパイスで味付けしてオーブンや釜でじっくり焼いたもので、とても香ばしくしっかりした味わいのある料理です。 香川県丸亀市の骨付鳥公式サイト 骨付鳥みたいな辛いもので一番合うのはやっぱりビール、っていうイメージがあって、ジョッキで「ごくごく、ぷはぁー!」って、食べて飲むという感じで、「だったらジョッキでごくごく飲める日本酒を造ろうじゃないか!」ということで始めました。 観音寺には日本で唯一麹の神様を祀っている皇太子神社があります。それに当時は塩麹とか、いろいろな麹の健康効果もうたわれていた頃だったので、「麹」に着目して日本酒の発酵技術を応用して麹が通常の3倍のものを造った、という経緯です。 ちょっと乳酸飲料っぽい、カルピスみたいな味わいなんですけど、日本では乳酸飲料系のカルピスなんかが好まれていて、みんな小さい頃から飲み続けているので、そういう日本酒を造れば、飲んでもらえるかなと。 だから、

4. ほの苺|酒造家 藤岡美樹さん インタビュー
インタビュー

4. ほの苺|酒造家 藤岡美樹さん インタビュー

いちごの日本酒、「ほの苺」 藤岡さんが川鶴酒造に入って最初に手がけたお酒は「ほの苺」日本酒といちごを使ったリキュールでした。 「ほの苺」は予想に反して大ヒット、四季を通して4種類のフルーツを使ったリキュールへとシリーズ化されました。 — その後は何をされました? 春にちょうどいちごのお酒の試験製造の話があったので、それをやりました。冬からは蔵の造りの手伝いをさせてもらいながら、入って1年後の2月にはじめて、「ほの苺」というリキュールを出しました。 それが思いのほか、おかげさまで爆発的に売れました。1000本くらい詰めたら余るくらいかな、と思っていたんですけど、蓋を開けてみたら発売から3ヶ月で7000本くらい売れたんですね。 こういう商品で皆さんが反応してくださるというのがわかって、せっかくだから香川の地元のとれたての果物を使って、四季を通して楽しめるものにしようということで、夏の桃、秋のぶどう、冬のみかんとシリーズ化しました。 — シリーズの人気はどうでした? おかげさまで、全部人気があったですね。お客さんのほうから「ほのシリーズ」って言ってくださって、結構買っていただいていました。 毎年蔵開きが2月にあんるんですけど、このシリーズを出す前はだいたい4〜500人くらいの方に参加して頂いて、そのうちほとんどが男性だったんですけど、出したあとはそれが1,400人くらいに増えて、半分くらいは女性、しかも私たちよりも若い夫婦とかカップルだったんです。 女性が来られるとリキュールが売れて、ご主人は日本酒を買われる、という感じで両方の売上が増えました。 そういうふうにしたかったので、うれししかったです。 — 「そういうふう」とは? 今までは王道の日本酒だけを造っていたら、そしてそれが美味しければ、

3. まず、生き残る|酒造家 藤岡美樹さん インタビュー
インタビュー

3. まず、生き残る|酒造家 藤岡美樹さん インタビュー

大切なのは「生き残る」こと 学生の時にはじめてしぼりたてのお酒を飲んで思った「造って売れる蔵人になりたい」という夢は実現しました。 しかし、つぎに転職した酒蔵で大変なことが起こります。杜氏(酒造りの最高責任者・チームのリーダー)を目指して入った酒蔵が、1度も酒造りをすることなく、たったの3ヶ月で倒産してしまったのです。藤岡さんを含め社員全員が解雇されてしまいました。藤岡さんにとって大きな転機でした。 — 次に入った酒蔵が倒産して、藤岡さんの中で何が変わりましたか? それまでは、「美味しい日本酒を造ってさえいれば、飲んでくれるだろう、売れるさ、やっていけるさ」と思っていたんですけど、本当に目の前で自分の乗っている船が沈んでしまって。そんなことを言っている場合ではないと。 日本の酒蔵はどんどん減ってますし。いまは日本酒ブームみたいな感じで、若い方が飲んでくださっていますけど、それでも、日本酒の一年間の製造量は増えていないんですね。 日本酒を飲んでもらうためだったら、生き残るためだったら、何でもやらないとだめなんだという、決意が生まれました。 川鶴酒造に入社してからの藤岡さん その後、藤岡さんは川鶴酒造に入ります。「日本酒業界が伸びるために、やれることをとにかくやりたい」という思いが川鶴酒造の考えと同じであったことも大きかったといいます。 その時に川鶴に欠員が出ていたわけでもなく、それで採用していただけるということは、会社にもすごく負担をかけてしまうことなので。 「甘えていいのかな」という思いはありました。でももう一度酒造りをする会社で働けるということは、すごくありがたかったですね。迷惑をかけてはいけない、というのが先に立って、

2. 造って売れる蔵人|酒造家 藤岡美樹さん インタビュー
インタビュー

2. 造って売れる蔵人|酒造家 藤岡美樹さん インタビュー

「造って売れる蔵人」になりたい! やっぱり、お酒が造られるところ、発酵している様子を見て、こういうものを自分で造ってみたいと思ったのと、しぼりたてを飲んでみた時に、「こんなに美味しいものをみんな知らずにいるのはもったいなあ」と。 だったら美味しいものをちゃんと造って、造った人の言葉で「日本酒は美味しいよ」というのを伝えて、そして飲んでもらうようになりたい。そう思いました。 — それで酒蔵に就職したのですね はい。私が就職した20年前は、酒造りの世界は完全に男性社会で、ほとんど女性の蔵人さんはいなかったです。 地元の三重では酒蔵への就職がなくて、就職できないんだったら、デパートでお酒を売る勉強をしながら冬には蔵でバイトに行こうかなと思っていたところ、八咫烏(やたがらす)さん(奈良県の北岡本店)で「そんなに酒造りがしたいんだったら、うちに来たらいいよ」ということで採用してもらいました。 「八咫烏(やたがらす)」の北岡本店(奈良県) — 酒造りはかなり重労働ですよね。力仕事もされたのですか? 酒造りはチームでやるんですね、5人とか6人とか。その中の一人が半人前みたいな感じだと、周りの人に負担がかかってしまうんです。だから、力仕事も同じようにやっていました。 女性だというのがあるので、名前でさえも呼んでくれなくて、「おい、ねえちゃん、これやっといて」みたいな。 もう60歳を超えた人ばかりのところでやっていたので、

1. 日本酒の「感動」が原点|酒造家 藤岡美樹さん インタビュー
インタビュー

1. 日本酒の「感動」が原点|酒造家 藤岡美樹さん インタビュー

(2015年7月公開) 食のインタビュー、4回目。今回お話をお伺いしたのは酒造家の藤岡美樹さんです。藤岡さんは香川県観音寺市の川鶴酒造で酒造りに取り組んでいます。 インタビューのために川鶴酒造のはっぴを着てくださった藤岡さん。この日は筆者が主催する日本酒イベント「町家でお酒を楽しむ会」に出演していただくために京都に立ち寄ってくださいました。そんなわけでインタビューは京町家を利用したイベントスペース「町家スタジオ」で行われました。 藤岡さんが酒造りの世界に入ったきっかけは「微生物の魅力」でした。 酒造りは「発酵」が命。藤岡さんが発酵に興味をもったのは小学校高学年の頃、パン作りをしていて生地が発酵して膨らむ様子に興奮を覚えたといいます。 それから、発酵するときの微生物の働きに魅了されつづけ、東京農業大学の醸造学科に進むことになりました。 きっかけは酒造りの現場での「感動」 — 日本酒造りの道に進みたいと思ったきっかけは何ですか? 酒造りをしたくて東京農業大学へ入ったわけではないんです。もともと微生物の勉強をしたくて入りました。 ただ、東京農大の醸造学科というのは、実家が酒蔵の蔵元さんとか、味噌屋さん、醤油屋さんという人がいっぱいました。 ある時、同じ醸造学科の学生だった酒蔵の息子に「日本酒ってあまり美味しくないですよね」と言ったら、「何を言ってるんだ!一度蔵を見学に来いよ」というので彼の実家の茨城県にある蔵を見せてもらうことになりました。 蔵の中に入った瞬間、醪(もろみ)が発酵している香りや音、蔵の空気感にすごく感動しました! そして、いまお酒をしぼっているというところに連れて行かれて、今しぼったばかりのしぼりたてのお酒を特別に飲ませてもらったんですけど、それが、いままで自分がイメージしていた日本酒と全然違ってすごく美味しい。

町家でお酒を楽しむ会 No.31 川鶴酒造スペシャル|イベントレポート
町家でお酒を楽しむ会

町家でお酒を楽しむ会 No.31 川鶴酒造スペシャル|イベントレポート

(2015年6月13日開催) 町家でお酒を楽しむ会の31回目は、香川県にある川鶴酒造の藤岡美樹さんをゲストにお迎えしました。 はじめての土曜日昼間の開催。28名の方にご参加いただきました。京町家の庭を眺めながら川鶴のお酒を味わう昼下がりをお過ごしいただきました。 乾杯から始まり、ゲストの藤岡さんのお話、藤岡さんの「炙りいりこ酒」づくりの実演をしていただきながら川鶴のお酒を楽しみ、日本酒好き同士での交流を楽しみました。 参加者の皆さんからは、 「造り手の苦労やエピソードを生で聞くことができ、自分の仕事や生き方に対する刺激をいただきました」 「縁側など町家の雰囲気が楽しめました」 「お酒をただ飲むだけでなく造る方の思いや出来上がるまでのストーリーを知ることでより美味しく大事にいただくことが出来ました」 「日本酒が好き、というキーワードでいろいろな年齢、地域など幅広い方々と出会えてよかった」 「女性が酒造りに関わることは大変だと思うけど、藤岡さんの存在が他の女性たちに勇気を与えていると思います」 などのご感想をいただきました。 讃岐くらうでぃで乾杯 まずはロックでぐびぐび飲めるお酒、「讃岐くらうでぃ」で乾杯です! 讃岐くらうでぃについては、藤岡さんからあとで詳しく説明していただきましたので、この記事でも後ほどご紹介します。 ゲストの藤岡美樹さんのお話 香川県からはるばるお越しいただいたゲストの藤岡美樹さん。川鶴のはっぴでの登場です。川鶴酒造のこと、川鶴のお酒のこと、藤岡さんと酒造りなどをお話いただきました。 藤岡さんは学生時代に酒蔵を見学して、発酵している日本酒を見て感動したとのことです。発酵の香り、ポコポコという音、その時の酒蔵の空気感、全てに感動しました。そして「いま搾ったところのお酒がほんとうに美味しくて、心の底からこれを造りたいと思った」といいます。 これが藤岡さんが日本酒造りにたずさわることになった原点です。 藤岡さんについてもっと知りたい方は、このイベント開始前の時間に行ったインタビューをまとめた記事がありますので、ご覧ください。